アンダーキャットの考察日記



じいちゃんが死んだ


実は先週まで10日ほど日本に帰国していました。というのも、じいちゃんが危篤との連絡を受けたから。家族とは1年半くらい音信不通?というか、特に大事な用事がない限り連絡しない関係なので、今回電話を受けて何かあるとすぐ察しがつきました。

母と話した後、日本に帰るかどうかちょっと迷った自分がいました。その時は何故かわかりませんでしたが、今思えばそれは多分これから起こる"辛いであろう"場面に遭遇したくなかったからでしょう。じいちゃん子だった私は小さい頃からいつも、畑や山へでかけるじいちゃんの後ろを追いかけてました。。一晩考えて帰る決断をし、ダンナも引き連れて日本へ。。。

福島には夜遅くに到着したので、その日は病院に行けずじまい。じいちゃんはきっと元気になると根拠なく信じていました。次の日の朝、時差ぼけのせいか4時半頃に目覚めて布団の中でボケッとしてると、茶の間から電話の呼び出し音が。その電話はやはり病院からでした。

私たちが病院に到着した頃には、既にじいちゃんの呼吸は止まっていました。その時からお葬式が終わるまで、事務的なことの煩わしさや親戚とのやりとりが多すぎて、寂しいとか悲しいという気持ちはちっとも湧きませんでした。お葬式にかかる不透明で膨大な費用とか、お坊さんの坊さんらしかぬ傲慢な態度にもイラだっていたというのもあるのかもしれません。その辺はまぁ、置いておきますが。。。


思えば渡米してから今回ほど実家滞在が長かった帰国はありませんでした。どっかで避けていたんでしょうね。ここに留まるということを。私のじいちゃんは生まれ育ったこの町で結婚して家族ができて、そして私という孫を持って。。。その孫は逃亡?し、遠い異国でいまだ迷走中。。。


日本で悲しむ間もなくニューヨークに帰ってきたわけですが、おとといの夜目が覚めて、突然「じいちゃんがもういない」という事実に、胸が締め付けられるというか、パニック寸前というか、何ともいえないお先真っ暗な途方に暮れた気持ちに陥りました。

そんな気持ちになった後、自分の父、つまりじいちゃんの息子の気持ちに思いを巡らせました。父はじいちゃんが死んだ際、病室のから離れたベンチに腰掛け、頭を上に大きく反らせて深い言葉にならないため息をついていました。私と父は「あぁ」とか「うん」とかいう言葉しか交わさないような関係なので、私は父の感情を目の当たりにして、何とも複雑な気持ちになったのを覚えています。きっとこれからもじいちゃんの死を通して、いろんなことが自分の中でまた大きく変わっていくような気がします。
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# by makaleo | 2010-05-23 06:35 | 考察

規則正しい生活


最近は学校の課題にも慣れ、生活パターンが決まってきました。昼12時から夜の9時まで授業がある日は、夜10時前に家に着いたらとりあえず仮眠。11時半頃起きだして朝6時頃までに仕事&課題を仕上げる。そして4時間くらい睡眠を取って学校へ向かう。なんだか、交代制の会社で働いているようなスケジュールですが、ある意味パターン化しているのであまり苦ではありません。

今日は、課題でイギリスの詩人チョーサー「カンタベリー物語」を読んでいます。この物語の中に出てくるバースの女房の話が面白い(笑)。私か?!と思ったくらいこの女房と私には共通点があります。バースの女房は現代のフェミニスト的な扱いをされるキャラクターですが、私の感想は彼女は感情的にならないただの正直者です。話の中では彼女が話しているのですが、視点は確実に男(チョーサー)な気がします。男側からみた女性の隠れた腹黒さの描写には思わずニヤリ。「お、お前、ほんとはこんな風に俺のこと思ってたんだろ!」的な感じで。古いイギリス英語なので読むのちょっと大変ですが、話がつまらなくないのがせめてもの救いです。


来週は1週間の春休みです。もうすぐ春ですね。せっけんでも作ろうかな。
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# by makaleo | 2010-03-02 20:34 | つぶやき

変わらないこと


最近学校ネタが多いですが、今日の出来事をひとつ。今日、ヒストリーの先生Jooと個人的に話す機会があって私はこう発言しました。「私は大学の先生方に何の期待もしてませんよ。彼らは全然頭よくないですからね。」まぁ、こういう話をできる先生?っていうか人なので、冗談ぽく笑いながらこんな話になったわけですが、彼もごもっともと私に同意。先生を見下すくらいじゃないと、その上はないって三島由紀夫もいってましたっけ。どこか小馬鹿にしているような「大人なんて。。。」という気持ち、十代の頃は自然に思うのでしょうが、私は三十路になっても思うので、いつの時代も生徒の立場の気持ちとはそういうもんなのかもしれませんね。

今朝の6時半。さっき、生と死のエッセイを書き上げた。なんかこのエッセイのために命を削った気分。。。
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# by makaleo | 2010-02-23 20:33 | 考察

書くこと


私は文章を書くことが好きだ。ブログの中ではイマイチ発揮できていない気がするが、人に見せない日記の中で私の文才?は弾ける。日記を読み返す度、哲学的かつ論理的な文章に我ながら感心することも多く、また、支離滅裂でヤク中?的な文章も感情的だがとても気持ちが伝わる。何しろ客観的に自分を知る道具として日記はかかせない存在だ。

話は変わるが、今、大学の文学クラスでのエッセイを書いている途中。。。
そして息詰まっているところ。。。

美術大学でも一応大学なので、オバカさんで卒業しないようにこういうアカデミックなクラスも取らなくてはならない。授業中、やらされてる感満々の生徒の中で、私だけは違う。このクラスで私はキラキラ輝いている(笑)。そう、ドローイングのクラスよりも、ペイントのクラスよりも、歴史のクラスよりも、エッチングのクラスよりも、この文学クラスが一番好きだ。このクラスでは古典文学を読み、それに対してテーマを設定しエッセイを書くというのが基本的な流れ。毎回本を読み終わる度に、頭の中はエッセイのことでいっぱいになり、情熱とプレッシャーのようなものが私を駆りたたせる。んで、何度もの推敲を重ねた濃〜いエッセイを提出する。

が、今回はとても息詰まっている。。。
というのも選んだテーマのせいかもしれない。。。

課題はギリシャ文学の「エディプス王 byソポクレス」を基にしたエッセイで、私はテーマに「生と死」を選んだのだ。。前学期でも「遺伝か環境か」「神の有無」「マスメディア洗脳」など、ヘビーで哲学的な題材を扱ってきたが、今回のは桁違いで重くて、深い。日記の中では書けているのに、人に読ませるエッセイになると今ひとつパンチが足りない気がする。

なぜかというと、アメリカのエッセイは絶対曖昧ではいけないのだ。読者に解釈を任せるアジアの作文スタイルとは違い、アメリカは作者が読者にすべてを説明する義務がある。映画の終わりによくある「この主人公どうなったんだろ?」的な曖昧は余韻は残してはいけない。なので、たとえ自分の意見が多数派でなくとも、論理的に相手を説き伏せる形式でなくてはいけないのだ。うむ、何ともアメリカ的である。。大枠はだいたいまとまっているが、人を納得させるとなると違う才能も必要になってくる。。そう、こじつけ。。。

「生と死」 について、こじつけられる気はあまりしないが、このテーマからは逃げないつもり。生まれて来たら例外なくみんな死ぬ。死ななかった人はいない。みんなわかっているようで、ちゃんとわかっていないテーマだから、二十歳そこそこのクラスメイトに知らしめようと思う(笑)。
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# by makaleo | 2010-02-19 18:28 | 考察

スタイルなんてクソクラエ


大学ではイラストレーション科を専攻してますが、基本的な油絵、ドローイングは必須科目です。人物やら静物ももくもくと描いています。イラストと聞くと何となく軽いタッチの"スタイル"とかいうあるようでないものを思い描きがちですが、そこに辿り着くというか流れつくのはずっと先のことだと私は考えています。今スタイルを確立するなんていったら、悪い意味での誰かの真似事にしかならないし、そこでスタックしてしまうような気がしてならないのです。


最近アメリカで権威のあるイラスト何とか協会主催のイラストレーションの展覧会をみてきました。プロ(金稼いでる人)の作品が出展されており、書籍部門とエディトリアル部門などに分かれ金賞銀賞と格付けされていました。が、しかし私にはさっぱりそれらが選ばれている理由が分かりませんでした。

これどっかでみたことある。。。あ、あの流行の人の真似ね〜、、、みたい作品ばかりで、これを選んだ奴は一体誰だ?!と頭にきちゃいました。大人の世界には子供や正直者には理解できない黒いコネコネの世界があるのは分かりますが、何だか売れっ子になる宿命のようなものを感じてすっかりどんよりしてしまった私。売れるためには上にペコペコして誰かの真似っぽい絵を描く。おーのーーー、これは嫌だ。絶対に。

一緒にいったクラスメイトは「この人のスタイル好き!」と無邪気。スタイルに頼り切ってしまうと絶対自滅すると思うんだよなぁ〜、といったら「でも売れなきゃ仕事ないじゃん」と結構現実的。そうなんだけどぉ〜、と私。難しいっすね。そう思ったら、展示されている作品の作者さんたちが何だか気の毒になってきました。

SVA卒業後にすぐに仕事が入ってくる奴らの作品は、ほとんど"どこかでみたとある系"です。イラスト業界も例外なく厳しいこのご時世、雇う側の"スタイル"にフィットしなければ仕事がなかなか見つからないのも現実。なので卒業後の見通しがない生徒は、イラストレーション専攻で大学院に進むという摩訶不思議な行動を取り、さらに無駄な時間とお金を費やしたりもします。無理矢理スタイルを作るのもloser(負け犬)だけど、イラストで大学院もbig loserに違いないと思うのですがね。


話は変わりますが、今美術史を勉強しています。日本の美術の授業でも習ったはずなのに、今の方がold mastersの作品に対する敬意と感動は大きいです。現代アートのように軽く真似なんてできるような代物ではない。だから真似は真似でもこちらをコピーする方がどれだけ勉強になるか。虚無でフェイクな"スタイル"に固執する人間に限って、こういう古典を軽視したり無知だったりするのも否めません。いつも感じるのですが、基本絵が描けなきゃ話にならん、と。スタイルでごまかすのは甘えていると強く思うのです。謙虚にmastersから学ばせてもらうことが、今の私には重要な気がします。


きっと私みたいな人間は将来売れないんだろうなぁ〜 でも so what? ですが。
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# by makaleo | 2010-02-16 17:00 | 考察

学校始まってます。


もう2月も半ば、春学期が始まって1カ月が経過しました。大学生の私は勉強?に明け暮れ、決まった人意外とはほとんど社交していません。クラスメイトには宿題もソーシャライズもパーティーも全部器用にこなしている子もいるというのに、こんな自分はやっぱ不器用なんだなぁと思います。

今学期etching(技法)のクラスを取り始めました。酸を利用する化学的な版画で、GOYAやREMBRANDTの作品がよく知られているようです。さてこのクラスの先生Bruceが何だか面白い。一番最初のクラスで彼はADHD(注意欠陥・多動性障害)の気があると私たち生徒に告白。病気のことは詳しく知りませんが、何やらひとつのことに集中できない人のようです。確かに話は飛ぶし、一度話したことを再度話すことも多々あり。でも不思議と全然苦にならない私。何ていうんでしょうね、他のアメリカ人の先生にはない、真っ正面から教える気力みたいなものを感じたからでしょうか。SVAは先生の質もよいと聞くけれど、中には適当にレクチャーして作業させてあんまり上手でもないのに"looks great"っていう先生もいます。そういう先生のクラスは楽ですが、当たってしまったら、即ドロップ決定です。生徒はお客様なのは分かるけど、そんな先生いらない。「さっさとやめちまえ」です。だから「生徒の質も下がるんだよ、アホ」です。

ある日の授業中、ものすごぉぉおーーーーーーく集中してプレートを削っていた時、突然Bruceが「君の作品は作為的ではない重さがあるね」と話しかけてきました。彼が視界に入ってなかったので、ものすごく驚いた私は2cmくらい椅子から浮きました。彼はそんな私を「えー信じられない、マジで?」という顔でみつめていました。きっと彼は周りで起きていることをいつも敏感に察するので、私の全く何も見えていないというリアクションに驚いたのでしょう。ひとつのことに注意を払えなくても多くのことに注意が払える彼。なので注意欠陥っていうネーミングはおかしいと思います。私は多くのことをいっぺんにできないけど、ひとつのことに集中できる。ある意味彼と私は真逆だけど、何だか根っこの部分は似ているなぁとふと感じた瞬間でした。

反面教師も含め、よい先生との出会いは財産です。私が欲する限り、この世の中にはまだまだ学ぶことがたくさんにあります。なぜ学ぶのか? 理由は定かじゃないし、ないのかもしれません。時々、チープな理由付けを求められることもあるけれど、そんなのなしで学んでいる自分と、"周り"とのギャップは否定できないこともあります。同じことを学んでも、結局私は覚えたいことを覚えたいようにしか覚えないのだから、みんなと同じ結果にはならないのです。だからテストは嫌い(笑)。

明日はillustrationヒストリーのテスト。。。あーやだやだ。
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# by makaleo | 2010-02-15 16:12 | つぶやき

Diego Velazquez


スペインの画家Velazquezの言葉:


人間の価値は

美 富 力 などにあるものではなく


より深遠な

より感動的な


そして悲劇的でさえある存在するという

事実そのものにある

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「価値」という価値感を創りあげたのは人間。この事実こそが人間の悲劇だよね。
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# by makaleo | 2010-01-06 14:29 | アート

Philadelphia


氷点下10℃の極寒の中、フィラデルフィア美術館に一人で出かけた。アルメニア出身のアメリカの画家、Arshile Gorkyの展覧会をみるために。

ニューヨークからバスに揺られること2時間弱。車窓の外を眺めながら、変化する景色と同じようにグルグルと回想に耽る。自分が今どういう生き方をしているか、可能な限り客観的に分析。で、至った結論が、将来に対しての不安や夢がまったくといっていいほどないこと。それと同時に過去に対する執着や後悔もまったくない。ついでに、人のいうことをいい意味で聞かなくなった。

"とらわれない自分" ずっとずっと遠い昔頃から私はこうなりたかったんだと思う。 
そのためには孤独が必要だった。物理的に独りになるというよりも、人といる時に感じるどうしようもない孤独感が。



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# by makaleo | 2010-01-05 16:22 | アート

芸術って何だろう


お久しぶりです。最後にここに書いたのが、8月末。
パスワードも忘れるくらい、長いことログインしてませんでした。

近況:
大学の秋のセメスターも無事修了。宿題&仕事で、息つく間もなかったなぁ〜というのが正直な感想です。この間、すごく集中していたので、実際は4カ月間だけど1年くらいに思えます。遊ばず、寝ず、かなりまじめに学生生活を送っていました。その甲斐あってか、成績はほぼ最高得点のA+。今になって親に自慢できる優等生的通信簿がもらえてるわけですが、私にとってはgradeはそれほど重要ではありません。もちろん卒業するために最低限レベルというのはありますが、アーティストにとってはAでもBでも、大学を出てしまえば大して価値もない評価なわけですから。極論&キレイゴトをいえば、アーティストに学歴は不要ともいわれますよね。しかし、現代のアート界はそうもいかないのが現状らしいです。最近のギャラリー in チェルシーの作家さんたちのprofileをみると、ほとんどの有名大学MFA保持者(大学院卒)。そういう時代なんですかねぇ。売れる商品であるためには、作品そのものの評価以外にも、コネクションとか、肩書きとか絡んでくるんでしょうねぇ。。あー、想像しただけで面倒な世界だ。


学校はある意味楽しい。ある女子の相談をきっかけに恋愛のカリスマ?みたいな扱いを受け、相談数が激増しました(笑)。面倒だけどこういうのも学生生活の醍醐味かもしれませんね。しかし、大人になってからの勉強はやはり昔とは違います。求めすぎているつもりはないけど、大学の授業もどこか物足りない。アメリカの美大はきっと日本やヨーロッパとはまた違う雰囲気で、自由な校風があるからかもしれません。もっともっと、魂が震えるような乾きを感じながら知識や技を吸収したいのに、自由だからこそ、少し慎重になってしまう。すべては自分次第なのは分かりきっていることなので、どうにかこの殻を破りたいわけです。

現在、冬休み中。そんなこと考えながら、外の残り雪を眺めてます。
さて次に更新するのはいつになるやら。
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# by makaleo | 2009-12-29 17:31 | 考察

「あ、そっか。」


と、思う瞬間が多い今日この頃。独り言でついつぶやいているようです。
旦那や友人に"What?"と突っ込まれますが、ここにたどり着くいた経緯を説明するには、長くて複雑すぎるので"I'm talking to myself"で煙に巻いています。

ちゃんと説明したいのも山々だけど、この「そっか」は絶対説明じゃ理解できないものだと思うのです。自分自身でじっくり考えて腹の底からそう思わない限り。

「そっか」の前にはいつも「なんで?」があります。
疑問を持ち続ける限り、生に関して鈍感にならず自分だけの答えが見つけることが可能です。しかも答えがある疑問にしか「そっか」はついてきません。そして答えは想像以上に単純明快なことが多い。このシンプルさはまさに力強さ。"The Power of Simplicity" 私の作品の中でもそれを表現できるように心がけたいです。
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# by makaleo | 2009-08-24 17:31 | 考察

夜型 


私は完全に夜型人間なので、体と脳を能動的に使うには丑三つ時頃が最も適しており、アドレナリン分泌のピークです(笑)。今夏休み中だから余計に夜型。夜が明けて朝になっていることもしばしば。

何をしているかというと、ほとんどの場合読書と物書きをしています。本を読んで、ふと考え事をして、猫をなでて、何か書く、描く。といった感じで夜は更けていきます。

数日前の夜久しぶりにせっけんを作りました。シンプルなマルセイユせっけん。秋用に仕込んではみたものの、この暑さで固まりが悪くてまだドロドロ。まるで化粧崩れした私の顔。。。ちゃんと固まってくれるといいけど。


もうすぐ旦那が起きてくる時間です。そう、彼は超朝方ですから。

おやすみ。おはよう。
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# by makaleo | 2009-08-24 17:07 | つぶやき

夏 2009


8月も終わりに近づいてきましたが、ここにきてようやくNYもジリジリジメジメ夏らしくなりました。1ブロックも歩かないうちに汗だらだら、サウナのような地下鉄の駅で失神しそうになる。。。いや〜でもやっぱ夏はこうでなくっちゃ。やっとスイカが美味しく感じられます〜。

今日は30℃超えの熱帯夜。眠れないので、昔に読んだ本を読み返してたら、高校時代の彼氏との夏の思い出がふっとよみがえりました。友達の紹介で出会って、お互い一目惚れ。なのにすごくぶつかって傷つけ合って、なんか子どもっぽくて、ものすごく熱っぽい一夏の恋でした(笑)。

(あいつは今頃どうしてるのかなぁ〜)

過去を思い返して、今だからわかることはたくさんありますけど、わからない、いや、わからなくなったことの方が多くあるように思います。今理解できるのは単に生きた分の経験からの知識であって、あの頃感じた絡まった糸のような、トゲだらけの薔薇のような、グチャグチャで鋭利な気持ちは、あの頃の感性だからこそ感じられた生の気持ちだと思います。

危うい感じが漂っていた十代。大人が社会生活を送る上では、ちょっと邪魔なこの感性ですが、芸術家なら絶対不可欠なものかもしれません。大人にはなりましたが、この感性をまだ完全には失っていない自信があります。だから時々人に迷惑かけちゃうんですね。。。すみません。

このむかつく暑さのせいか、マイナスのエネルギーが大量発生しています。これを何とかかけ算でプラスにするとします。
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# by makaleo | 2009-08-23 16:18 | 考察

夏休み


仕事で残業が続いた時には「夏休みがあった学生時代に戻りたい」とぼやいたこともあったけど、「学生は学生でいろいろ大変だったっけ…」と思い出しました。人間やっぱりないものねだりです。

で、今は宿題がない社会人になりたい学生の気分をもういっぺん味わっています(笑)。とはいっても私にはフリーの仕事もあるので、ほんと正直手いっぱいで余計なことを考える暇がありません。社会生活を営んでいるにも拘らず、精神的なレベルでは社会と切り離されているので、まず悩まない。ただひたすらに、今目の前にあることに集中するのみ。なので邪念が全くありません。例えるなら、荒れ地を無心に歩き続けて気付いたら自分の背後に道ができていた感じでしょうか。

さて、来週から3週間ほどの夏休みです。
無理に休んだりせず(変な響き)、やることは頭にあるので今まで通りのペースでいくとします。それ以上でも以下でもなく、今やれることonlyで。
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# by makaleo | 2009-08-17 13:29 | 考察

しばらくぶりです


昨日今日と、NYでは30℃超えの今年一番の暑さになりました。といっても、湿気も少なく朝晩も涼しい変な夏です。まだTUBEの「夏だね」が聞こえてこな〜い。

そんなこんなでSVAの夏セメも残すところあと1週間未満。いやぁ〜、我ながらがんばりました。朝7時起きだし、仕事もあるしで、正直途中でポキッと折れるかも?と自信がありませんでした。しかし、根がまじめなせいでしょうか、小心者だからでしょうか、遅刻無欠席で宿題も漏らさず期日に提出。おかげで、成績もトップクラスで完了できそうです。

いや〜高校時代とは大違い(笑)。担任だった、二瓶先生には少し申し訳ない気もしますが、あの頃は勉強がFirst Priority ではありませんでした。「学ぶことは学校の外にこそある!」と豪語していた生意気な私。「学校で学べない人間が、外で学べる器があるかっ」とあの頃の自分にいい聞かせたい気分ですが、どうせいってもわからないクソガキだったのはいうまでもありません。

二瓶先生は今では教頭に出世したと風の噂でききました。美術の佐藤先生は今どうしているでしょう。いい忘れましたが、彼らは私のエナミーでした(笑)。彼らにはビンタされたり、長時間正座させられたりしたので覚えているのですが、他の先生の名前は見事にすっかり忘れてしまいました。心との体の痛みの記憶はなかなか消えないようです。


今、無性に福島の桃が食べたいです。
去年帰郷した際に30個以上食いだめしたけれど、ダメですね。

夏が終わったら秋学期が始まります。
どうなることやら。。。
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# by makaleo | 2009-08-12 15:05 | つぶやき

誕生日、記念日制度廃止


突然ですが、夫婦間で誕生日&記念日を祝うことをやめにしました。
私からの提案なのですが、ダンナも納得して合意してくれたのでこの度実現可能となりました。

昔から、誕生会というものに疑問を抱いていたのですが、祝われることはイヤなことではないのでそこまで気にすることなく成長しましたが、この年になってやっぱりおかしいと思うようになりました。友達の誕生日を祝うのは、また違う特別な意味があるのですが、夫婦でこれをやる意味がわからなくて。。。

毎年同じ日に、年の数だけろうそくを立てて、ハッピーバースデー♪と歌うのはやはり不思議で仕方ありません。そこにいる人間は同じ名前で、同じような風貌をしてますが、明らかに去年とは細胞レベルから違う人間です。生まれたその日を祝うのなら、毎日が細胞レベルでの誕生日ではないのでしょうか。

こんなことを友人にいうと、「また、ひねくれて〜」といわれるのですが、ひねくれている場合ではなくどっちかというと真っすぐ直球ストライクです。夫婦は毎日一緒。年に一度だけ祝う理由は特別ありません。結婚記念とかも一緒。誰のための何の記念?と思ってしまう。結婚生活が続いている限り、私にとって記念日を祝う行為は意味不明です。記念日を祝う行為、絶対そこには商業的な魂胆が込められているから、余計興冷めしてしまうのかもしれません。バレンタインなんていい例です。

ダンナが何を思って合意してくれたかは謎だけど、記念日やら誕生日やらを祝わないその分、お互い1日1日をちゃんと過ごしていこうという結論に達しました。

今まで当たり前だと思っていたこと、考えてみると疑問だらけだったりします。夫婦で疑問を共有できるのは、答えを共有するより意味のあることのような気がします。ふたりいれば答えは絶対ひとつじゃないですから。どういう結論に達しても、同じ疑問をもつ人同士はリスペクトし合えるのだと思います。
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# by makaleo | 2009-07-05 14:29 | 考察

マイケルが死んだ


"King of Pop"と呼ばれたマイケルが先週亡くなりました。
私にとっては、悲しいとかいう感情を抱くほど近い存在ではないので、「死んだんだ〜」と漠然と受け止めてましたが、世の中はその話題で持ち切り。スタバに行ってもマイケルの曲メドレー、新聞も雑誌も表紙がマイケル、マイケル、マイケル。。。オバマ当選時のような熱狂的な勢い。死を惜しまれる?一方で皮肉った記事や、批判的な記事も目につきましたが。

マイケル。いろんな意味で人々にインパクトを与えた人生。
どんなに金持ちでも、有名でも、いずれ人は死にます。マイケルは誰かのためのマイケルと、自分自身であるマイケルの狭間を行ったり来たりしていたんだろうなぁ。じゃなかったら、皮膚の漂白しないでしょ、普通。。。マイケルの人生を思うと、自分のためにちゃんと生きたいと思うのでした。
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# by makaleo | 2009-07-05 13:54 | つぶやき

知恵熱とマカロニおばさん


仕事もあるのでなるべく効率的に大学の単位を取るべく、先週からをクラスを取り始めました。短期集中型のサマークラスは朝も早く、授業も1日中なのでまだ1週間しか経っていませんが、すでにBurned out(燃え尽き系)。。早起き&勉強&社交という三拍子で慣れないことしたもんだから、知恵熱?でて週末ずっとうんうん唸って寝込んでました。

うなされている間、髪の毛がマカロニのおばさんの夢をみました。そのおばさんは髪の毛がマカロニ意外は普通のおばさんで、私も「髪の毛が妙にマカロニだなぁ」と特に驚きもせず見たまんまの感想を抱いていました。そのおばさんは、マカロニを揺らしながらこっちに歩いて来て、「宿題やったの?」「部屋の掃除は?」とまるで母親のようにこうるさく、私は「うるさいなー。それよりおばさんの髪の毛マカロニだよ」と言い返すと、「そんなことより大事なことあるでしょ!」と叱られました(笑)。

(確かにそれより大事なことはあるけれども。。)と納得したところで目が覚めました。
熱もだいぶ下がったし、なんとなく生まれ変わった気分。


このマカロニおばさん、いつか私の絵本に登場させようと思います。
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# by makaleo | 2009-06-30 15:27 | つぶやき

大学へゆきます。


今年の秋からアート系の大学SVAで本格的に絵の勉強を始めます。


仕事もあるし、ちょっとスケジュール管理が大変になると思うけど、いつかやりたいと思っていたことなので、楽しみながら苦しむとします。。。

二十歳前後の学生時代を思い出すと、あの頃だからこそ吸収できたことが数多くあったと改めて実感。無謀でおバカなこともたくさんしたし、コンプレックスの固まりで、恋に友情に悩んでたし、大人が信じられず、いわば人生の迷子になってました(笑)。それでも突き進んでいけたのは、未来が真っ暗闇で全く想像つかないものだったから。先に何があるか分かってしまうと、人は油断してスピードが落ちてしまうような気がします。

あれから約10年。あの頃"オトナ"だと思っていた年齢に自らが到達しました。でも、やっぱり先は真っ暗闇で分からないままのまんま(笑)。大人になっても、悩みのほとんどはあの頃と同じようなもんです。ちょっと、質と角度が変わったくらいで、未だに迷子〜。それでも、きっと今だからこそ吸収できることがあるはずなので、気を引き締めて勉学に励むとします!


あと10年後、一体どうなってるんだろー? 全く想像できません。

本物の迷子は自分が迷っていることにも気がつかず、ぐんぐん進んでもっと奥の複雑な道に入っていくといいます。今の私はまさにそんな状況にいるような。う〜ん、もしかしたら誰にもみつけて欲しくないのかも(笑)。
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# by makaleo | 2009-06-21 17:06 | つぶやき

優しい孤独

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やっとこさっとこ、コチラにタイの写真をあげました。
アップに時間がかかるので、枚数も押さえて解像度も低めですが(すんません)雰囲気が伝われば幸いです。


この旅行、なんかすっごく、ものすごーく昔のことのように思えますが、2ヵ月ちょっと前のことだったんです。久々の一人旅、自己防衛本能なんでしょうかね?頭が冴えるというか、いつもより少しだけしっかりしてた気がします(笑)。幸い危ない目にもあわず出会ったのは、とてもよい人ばかりでしたけどね。

優しい孤独にひたりながら食べた本場のトムヤムクンは、ものすごく酸っぱ辛くて最高でした。
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# by makaleo | 2009-05-26 14:17 | 旅行

眠れない夜


時々ただただ眠れない夜がある。

そんな夜はヨガで燃え尽きるか、読書か、せっけんかケーキを作るに限る。が、それら全てをこなし確実に体も脳も疲れているはずなのに、なぜか昨日の夜は眠りにつけなかった。結局絵のクラス直前の1時間うとうとしただけ。

仕事でも飲み明かしたわけでもない徹夜明けの顔に、年を感じる(笑)。

睡眠不足で絵なんて描けるかよー、とぼやいてたけど、出来は悪くなかった。
いや、むしろいつもよりよかった。

眠れない時は無理して眠らない。お腹すいてないのに、ご飯食べるようなもんだし、その分時間を有効に使える。とはいっても、年齢に勝てなくなる日がそのうち来るのだろうか?とにかく今日はすぐ眠りにつけるはず。おやすみなさい。
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# by makaleo | 2009-05-11 12:47 | 考察

アナログ写真


整理する時間がない(本当は面倒なだけ)ので、未だに誰にも見せてない膨大な枚数のタイで撮った写真たち。

デジカメを使うようになってからというもの、macにデータを移動しただけで忘れ去られている写真の数は計り知れません…。昔掃除の際に、物入れにしていたお菓子の箱の中や、引き出しから出て来た元カレの写真や、若かりし頃の写真を偶然見つけた瞬間というものは、何となくほろ苦くて好きでした。今は、だいたいの時期思い出して〜iphoto開いて〜と、色気のない能動的な作業でしか写真に出会えません。


昔、アナログの一眼レフを使っていた時期もありました。18歳の時にお小遣いはたいて買ったニコンのFM2。このカメラさえあればこの世界のどんな被写体も素晴らしく写ると信じて疑わず、手当たり次第にシャッターを切りまくりました。自信満々の面持ちで近所のカメラ屋さんに36枚撮りフィルム5本まとめて出した私。

「これ全部、スピード仕上げでっ。」


スピード仕上げの1時間ワクワクしすぎで何してたか覚えてません。な・の・に、上がって来て超ショック。。。ほとんどがピンぼけショットと露出失敗ショット。カメラ屋のおっちゃんも「いやこれね、だいたいボケてるけど作品なのかと思って一応全部焼いといたから。」といらぬ親切心。

「ありがと、おじちゃん…」

行きは自信満々だったのに、肩を落として帰っていく後ろ姿におじちゃんも察してくれたかもしれません。作品ではなくて失敗だって。再度見直してもまともな写真は2〜3枚しかなかった気が。36枚撮りフィルム5本でスピード仕上げにしちゃったもんだから、学生の私にとってこの出費は痛かったなぁ(笑)。

そういう意味では、デジカメは失敗も少なく整理もしやすくとっても便利です。でもあん時、あんな失敗しておいてよかったような。アナログな失敗は、痛みをともないますが後にいろいろ役に立ちます。


どれどれ、これから重い腰あげてタイの写真整理しようかな(多分)。
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# by makaleo | 2009-05-06 15:58 | つぶやき

つぶやき


最近のブログの内容がぽつりぽつりとつぶやき系なのは、何となく書く気力がないからです(正直)。書くネタはあるにはあるのですが、それらを文章にしてここにアップするという作業が少し面倒になってしまいました(笑)。

でも、こんな気分も今だけかもしれないし、またワラワラッッと書きたくなる日が来るような気もしないでもありません。ブログのタイトルもナチュラルライフだし、やっぱりこれからもこんな感じで自然体でいきます。気の向くままに。
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# by makaleo | 2009-04-29 13:24 | 考察

コンセプチュアル・アート


天気予報では夕方から雨だという。

なのに、傘を持たずに家を出てしまった。降水確率70%なのに。

友人の個展のためチェルシーのギャラリーに出向く。Conceptual な作品たちと、しばしにらめっこしながら考え事。

どのくらい時間が経っただろうか。
外を見ると、雨がちらほら。

なんだ、天気予報当たったなぁ。
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# by makaleo | 2009-04-11 15:30 | つぶやき

心境の変化


人間の体内細胞は毎日生まれ変わっており、去年の私と今年の私の細胞は全く別もので、言ってしまえば別人です(笑)。精神の細胞も生まれ変わるらしく、私は身も心も別人化の一途をたどっております。

よくいえば潔く、悪くいえば非情。

執着心や、こだわりのようなものがなぜかなくなりました。

とりあえず、素直にそう思った事実だけここに記しておきます。
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# by makaleo | 2009-04-09 19:16 | 考察

もうすぐ春ですね


ニューヨークに戻って来て2週間経過。時差ボケを克服するのに1週間かかったので、ちゃんと健康的な生活に戻ったのはここ最近。今回は日本滞在の後、タイに寄って来た。ついこの間のことなのに、すごく昔のことのように思える。

ようやくニューヨークでも春の気配が感じられる今日この頃。日本では桜前線が北上中で、タイでは雨期が始まり蒸し風呂のような暑さなのだろうな。
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# by makaleo | 2009-03-20 14:24 | つぶやき

日本帰国のお知らせ


いろいろ細かい準備が必要でしたが、2月の末に日本に帰る予定です!

でもダンナは仕事上の理由で一緒には行けません。

そう、今回はお一人様日本帰国なんです。

結婚しても it's good be alone sometimes. (時には独りもいいよね)
と信じているので、冷たいようだけど特に何とも思っていません。

哲学者にはほど遠いですが、独りで考える時間は私に潤いをもたらし、生きるヒントを与えてくれる気がします。

日程などの詳細はまた今度お知らせいたしまーす。
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# by makaleo | 2009-01-17 20:23 | つぶやき

変化


すっかりブログ更新も怠ってしまい、何だか2009年の出だしがよろしくない気もしますが、最近の私の生活にはゆとりというものがありません。言ってしまえば自分で自分の首を絞めているのですが、これがまた逆境好き?な私の不要な闘争心をくすぐっているのも事実です。。。

ふと、2008年の抱負を思い出したのですが、「お金の使い方を学ぶ」だったことを思い出しました。学んだような、でも失敗したような。失敗も経験なので、まぁ良しとします。この不況の中で世界の経済状況は厳しくなるばかりですが、私レベルの中の下クラスではあまり目立った打撃はなく、相も変わらずしぶとく淡々と生きています。それでも友人が長年勤めた会社を解雇された話などを聞くと、やはり落ち込みます。うまくいかないことを不況のせいだけにしてしまうのは、暗い未来しか見えなくなってしまう気がするので、できることを地道にやっていくことで可能性を見いだしたいですね。

今年の私には人知れず目標があり、まだ実現できるかわかりませんが己の可能性を信じてみたいと思っています。もともと趣味の多い人間ですが、そろそろそれらを一貫性のある太い線に統合する作業に移したいと感じています。「あなたは今幸せですか?」と問われたら、二つ返事で答えられる自信はあるのですが、自己満足の域を脱して、何か風を起こしたいのです。

仮に今すぐ実現できなくても夢中になれることがある幸せを実感しつつ、ゆっくり、でも確実に前進したいきたいです。

生き辛かったガラスの十代はとうに過ぎ、迷いの二十代も残すところわずか。十代の頃は、絶対変わりたくないと頑なに思っていたのに、こんな風に変化を望んでいる自分が可笑しいです。多くの人は、世の中が変わって自分は変わっていないと感じるのかもしれませんが、私は自分の変化が世の中や社会の見方を変えているのだと思います。生きているとつじつまが合わないことも多くありますが、自分が七変化できるうちは対応可能ですね。
  
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# by makaleo | 2009-01-17 20:10 | つぶやき

明けてしまいました。


ふと気がついたら年が明けていました!
大晦日にはメトロポリタン美術館で孤独に石像のデッサンしてたので、実感なしです(笑)。私にとっては、去年も今年も昨日の続きでしかないので別に問題はないのですが。なぜ突然デッサンなんか始めたかというと、昨年絵本のクラスを取ったことで浮き出た己の弱点を克服するためなのです。リアリズムに目覚めた?私は新年早々、Hの鉛筆片手に奮闘中です。

今年も我ながら予測不可能な年になりそうですが、不況に負けず、自分に負けず、地道に信じる道を突き進んでいくつもりです。

みなさま、旧年中も大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

makaleo
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# by makaleo | 2009-01-03 18:20 | つぶやき

Ma Vie En Rose


c0157628_18403886.jpg邦題:ぼくのバラ色の人生

女の子になりたい男の子Ludovicのお話。今でいう性同一性障害がストーリーの柱です。数週間前に何気なく観たのですが、Ludovicの純粋さが印象的で今でも心に残っています。今でこそ同性愛が認められつつありますが、それでも世間の風当たりはまだまだ強い。まず、性同一性障害の"障害"ってすでに差別的だと思うんですが、どうなんでしょう。

この映画は1997年のフランス作品なのですが、性についての認識が進んでいると思われるお国でも当時やはり差別はあったようです。それに心を痛める家族ら、Ludovic自身。誰も悪くないはずなのに、彼らがどんどん辛い立場に立たされていく様子に、いたたまれない気持ちになりました。

ニューヨークだと近所にこういう子がいてもあまり違和感がないのですが、自分の実家がある田舎の集落でこんなことが起きたら、大変なことになるのは容易に想像できます。。隣ん家の男の子が、スカートをはいて学校に来たら…人形遊びが好きだったら…。いくらメディアがそういう子がいてもおかしくないと謳っても、実際に隣の家にいたら受け入れられないのでしょう。


自分が男の子ではなく"女の子"であると認識したの5歳くらいでしょうか。それまでは、どちらかというとやんちゃで格好も男の子のようだったので、自分の性をはっきりと意識することはありませんでした。それでも、女の子はランドセルが赤だし、連れ立って女子トイレに行くし、初恋の相手も男の子だったので、「あー、私は女なのだ」と思うようになりましたが、Ludovicのように疑問を持ってしまったら、一体どう行動していただろうと考えてしまいます。


私の友人のゲイH君は、そのことを親にはひた隠しにしてきたそうです。30歳過ぎても一度も女の子を親に紹介したことのない彼。オハイオに帰郷する度に母親はお見合いを勧めてくるし、父親は男らしくシャキッとしろと怒鳴るらしく、相当苦労をしている様子。隠し事というのは相当エネルギーを使いますから、ニューヨークに来て正解だったと思います。しかし、余計なお世話ながら、この先も隠し続けることができるのか心配です。

この映画は大人が心配するいろいろな問題に結論は出していません。Ludovicの自己実現のみに焦点が合っているので、心理学的な解釈もあやふやに、将来どうなるだろう、こうなるかも、という説明は一切ありませんでした。実際に子どもはその瞬間を生きているので、その点でLudovicは子どもの心情をよく表していたと思います。


昔に比べると性の違いの境界線は確実にぼやけてきているように思います。女性が働くのは当たり前の世の中ですし、主夫になる男性も増えてきました。女が男役でも男が女役でも、社会生活を営めるのであれば問題のない時代に移り変りつつあります。それでも現実社会では人と違うことで傷つくことも多くあります。しかしこの"違い"に過剰反応せず、Ludovicのようにありのままの自分を受け入れる気持ちを忘れないようにしたいですね。
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# by makaleo | 2008-12-23 18:41 | 映画

年の瀬


しばらく更新をしていない間に2008年もあと2週間足らずとなってしまいました。

昔に立ち読みした細木数子の占いによると、今年は大殺界だったような気がしますが、特に難を感じたこともなく無事に生き抜いてこれました。元々占いは娯楽としてチェックしたりしますが、ほとんど信じていません。「あたるも八卦 あたらぬも八卦」実に気の持ちようですね。


先日、知り合いがこんなこと言ってました。

「来年結婚する予定なんだけど、細木数子の本に○星人と○星人の組み合わせは命を落とすくらい危険な時期だから、あと3年は待つべきって書いてあるんだよね。どうしよう…」

一緒になったら命を落とすくらい危険なカップル、なんだかマフィアの略奪愛みたいな響きに笑えました。


私は超能力者ではないので、先のことを予言することはできません。なので私のケースでお話すると、細木さんによると私と旦那は相性よくないそうです。でも何とかうまいことやってるので、「当らないこともあるんじゃん?」と答えておきました。細木さん時々サイキックなことを書いているけど、統計学ならそれに当てはまらない人もいるはずです。

しかし、死人がでやすい男女の組み合わせと時期の確率ってどんなもんよ?統計誰とってんの?と聞きたいっ。


まだ起きていない問題について悩むというのがあまり理解できないのですが、命を落とす可能性があるって言われたら誰だって気分はよくないもんです。彼女がこの予言?を蹴散らし彼と幸せになれるよう心より祈ってます。
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# by makaleo | 2008-12-18 17:26 | 考察


ニューヨークに暮らすGデザイナー&美大生。日々の悶々とした考察について綴っています。※ブログの写真や記事の無断転載お断り
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